前書き
コミックマーケット56で出したものです。 HTML化にあたって、 字句の一部を修正してあります。 ちょっとまだこのドキュメントの扱いについて決心していない部分もあるので、 当面の間転載などは不可とします。 あ、 ハイパーリンクは可です。 ツッコミタグ(リンク)を、 章毎ではありますが入れておきました。 ストーリー各部についてのちゃちゃ入れにどーぞ。
あと誤字脱字とか結構はづいんで、 黙ってないでなるべく早めにつっこんでやってくらさい。 HTML化してて自分でも一つ二つ……どころじゃなく見つけました。 だはー。 これこのままコピー誌で出してたんかー。 ザウルスで書いてた部分で「見」が「貝」になってたりとかー。 手書きのワナか? わざと正しくない日本語にしてる場合もあるんで(上記「はづい」とか)、 判断むつかしいかもしれませんが、 お願いします。
ぽにて感覚 printed C56 発行: 高天原応用通信研究所 〒165-0027 東京都中野区野方X-X-XX-XXX 著者: 螢屋 <hotaru@tail.net> 印刷: セブンイレブン某店 コピーサービス 発行日; 1999年8月15日 改訂Web版発行日; 1999年11月22日 (C) 1999 HOTARU-YA, Takamagahara Applied Intercommunication Laboratory
この小説は、架空のTVアニメーション 「マジカルとこちゃん」 に基づき作成されたものです。 「マジカルとこちゃん」 については、はうンしすてムズ発行の 「マジカルとこちゃん ロマンアルバム(1)」 (既完売)または http://systeMZ.hauN.org/toko/ をご覧ください。本作については http://solaris.toko.org/ に追補情報掲載の予定があります(1999年11月22日時点で未掲載)。
「わたし、とこ。12歳。比恵寿学園の中等部に通う一年生。ほんとうは、BSDの国からやってきたプリンセスなの。地上界ってBSDの国とは違ってて、戸惑うこともいーっぱい。それに、なんだかベンチ将軍ってひとが出て来ちゃって、『おまえは俺たちの敵だ!』とかゆーし。
ううん、落ち込んでばかりもいられないわ!わたしには使命があるの。それに、ステキな恋だって見つけちゃうもんねー。実は、直也さんのこと、なんだかちょっといいかな、なーんて思ったりして……えへっ」
春もそろそろ終り、日差しが強くなり始める季節。五月の朝。生徒たちが次々と教室に入ってくる。
「おはよー」
「ちーす」
「はよーっス」
そろそろ、新入生たちも学校生活に馴れ、自分達なりの楽しみ方を覚え始める頃。連休も終り、最初の定期試験を迎えるまでの、なんだか毎日が面白くて仕方のない日々。
「ねーねー、いよいよだねー」
「えー、やだなぁ」
「ふふふ……あたしにまかせなさい!」
「えー?あんたなんかにまかせたら全敗よ、全敗」
毎年恒例の球技大会。比恵寿学園からの、ちょっとした贈り物。
「おはようっっ」
「あ、とこちゃん、おはよ」
「調子はどう?イケそう?」
かすみと香奈が声をかけた。
「うんっっ」
「よしよし、それでこそエースだ。今日はガツンと行くぜ」
自分の席から悠然と立ち上がった由佳は、そう宣言した。
(カキンッ)
「うわーっっ」
ソフトボールが、とこの頭上を越えた。振り返れば、ボールがグラウンドを行く。1回、2回……3回バウンドする前に、ダッシュしてきたセンターに拾われた。突っ込んできた、その勢いのままの返球。ホームに視線を戻すと、3塁ランナーが駆け込んできてる。キャッチャーマスクをかなぐり捨てて、由佳がボールを掴んでタッチする。ランナーは、プレートに手が届いていない。
「アウトだ!」
応援席から声がしたが、審判は黙っている。見ると、プレートの横にボールが転がっている。今度は、反対側の応援席で誰かが叫んだ。
「いや、セーフだ!」
違う。まだインプレーなのだ。
ランナーが、先に気付き、ホームプレートに手を伸ばした。由佳も気付いたが、ボールを拾わなければいけない分、不利である。
「セーフ、ホームインッ!」
審判がコールした。
「はぅ〜〜……」
カクッ、とひざを着き、うなだれるとこ。
「まあ、いいじゃねぇか。別にさぁ、勝ったからって甲子園に行けたりするわけじゃないんだし」
いつも元気な由佳の声が聞こえてきた。試合が終り、教室に戻る間ずっと、クラスメイトたちは懸命にとこをなだめていた。
「そうそう。まあ通算成績2勝1敗てことで、勝ち越しよ、とこちゃん」
「かすみちゃん……でもぉー……。なんか自分で自分に納得できないぃー!」
「まあ、わりと熱血系なコだとは思ってたけど……、実際ここまでマジになりやすいヒトだったのね」
智恵の観察眼は、ここでも心理状態を的確に分析していた。うなずく一同。
と、余計な事を言ってしまったと思ったのか、彼女はそのまま言葉を続け、話題を変えた。
「ねね、それよりさ、高等部の試合見に行かない?結構イイかもよ」
「あ、そそそ、行こ行こ。カッコイイ人絶対いるよ」
「きみら、目当てはそれかいな」
機転を効かせたのかそれとも本気でそう思ったのか、香奈が調子を合わせ、そこに望がいつものツッコミを入れた。こうなると、ふくれてみせるのが香奈のパターンだ。
「えー、いーじゃん別にー。クラスの男子なんてあーだしさー」
「はいはい。まーいーでしょ。ね、とこちゃんも行くでしょ?」
かすみがまとめに入る。とこは、まださっきの試合のことを考えていたようだったが、とりあえず、といった感じで相槌を打った。
「……え?う、うん。いいよ」
「よしっ、きまり!行こうぜ!」
そういうと、由佳は皆を急き立て、体育館へと歩き出した。
歓声沸き上がる体育館。高等部のバスケットボール対抗戦。男子準決勝が終わり、女子準決勝が始まっていた。ひときわ大きな、ああっ、というどよめきの後、建物全体がオォーッと揺れる。3ポイントシュートが決まったのだ。スローしたのは、小柄なおさげ髪の少女だった。
覆い被さるマーカーをほんのワンステップ、いやハーフステップでズラし、ごく当たり前、ごく自然に投球動作へと移る。必要十分な初期速度を与えられたボールは、ニュートン力学の不滅を訴えつつ弧を描き、ゴールリングを通過する。 再三再四の歓声が、体育館の窓ガラスを、見てそうと分かるほど振動させる。
「すっごーいっ、あのひと!」
「ス・テ・キ……」
「なんてお名前の方なのかしら?」
体育館の2階席の一番前に陣取っていた香奈、智恵、愛の三人は少しうっとりした表情で、口々にそう言った。一方、とこは、思いがけない光景を目前にして、ややあんぐり、といった感じ。
「あ……なんか眼鏡してないけど……陽子さん……だよね?」
「「「よーこさん!?」」」
一斉にとこを振り返り、声を揃えて問う。あるいは幾分、詰問調だったかも知れない。あんぐりが、びっくりに変わる。
「ええっ?うん。日比野陽子さん。高等部の一年だよ」
日比野陽子。
ご存じの通り、とことは、何かと関わりのある人物。そんなに目立つことをする方ではないはずだった。どちらかと言えば、
「ご、ごめんなさい……わたしったらドジで……」
なんてセリフが似合いそうな容姿。実際、彼女のクラスでも、おとなしい、おっとりとした少女、というイメージで捉えられていた。しかし一体、その小さな身体のどこにそんな能力を隠し持っていたのだろうか。眼鏡をしていないのは、ぶつかり合うこともあるような激しいスポーツで、危険を避けるためだろう。それが普段と違う印象を与えるせいか、ハツラツとした動作にも、あまり違和感がない。
「「「そそそ、それで?」」」
三人がぐぐっ、と前へ身を乗り出す。ずいっと横顔が並ぶ。
「それで、って言われても……私もよくは知らないもの。 陽子さんのこと。入学式の時に知り合ったばかりだし。この春こっちに越してきたって。なんか偶然出会うことが多いから、よくお話するけど……」
「あんた、でかしたわよ!で、どんなことを?」
由佳がずいっと顔を近づけた。
「どんなって、どんなかなぁ?……えーっと……そういえば、いつも一方的にあたしがしゃべってるような気がするなー。で、それを、陽子さんがいつも聞いてくれて」
「……ふう。やれやれ、とこちゃんらしいわね」
「え?え?そうなの?」
かすみの反応に、とこは少し戸惑っていた。そこへ望が統括に入った。
「まあええやん。とりあえず、うちらには強力なコネがある、っちゅーことや」
ついに、マーカーが体を使ってディフェンスを始めた。たかが球技大会で本気になるなんてどうかしているが、無理もなかった。素人、いやそれ以下だと思っていたプレーヤーに、ここまで7本もの3Pシュートを決められていたのだ。バスケの心得があるらしい彼女は、露骨に当ったりせず、ホンのわずかな体捌きで巧みに動きを封じ込めていた。派手に動いたりするよりも、どちらかと言えば、敵のいないところにスイっと回り込んでロングシュートを撃つ陽子のスタイルには、これが効くようだ。
しかし、やはり隙というものがある。フェイントにつられてマーカーが腕を上げた瞬間に、陽子は脇をすり抜けようとした。慌てて体の向きを変え、腕を下げる。その時。
「きゃんっ」
(ドダァンッ)
床に倒れ込む音がし、少女の体が投げ出された。観衆は一瞬息を飲み、それから声を上げた。審判のコールは、フリースロー。すでに上半身を起していた陽子は、判定を受けると、すっくと立ち上がった。全然効いていない様子。おおーっ、という歓声。一方、立ち尽くしていたマーカーは、納得いかないといった表情をした。そして、何故だ、という手振り。
ボールを受け取とると、陽子は、軽く二・三度ドリブルし、スローの体勢を取った。
体育館の入り口に、その様子を見守っていた影があった。
「作り上げた反則か……単なるスポーツ万能少女ではないようね」
若い、しかし落ち着いた女の声だ。
「使えそうだし、スカウトしてみるのもいいかもね」
本気とも冗談とも、真意のうかがえない口調で、独り言を漏らした。影は、ポケットからデータロガーを取り出し、何かつぶやくと、それを放った。
また、歓声が沸き起こった。それまで3Pシュートばかりだった陽子が、今度は、ドリブルでディフェンス三人をかいくぐり、シュートを決めたのだ。
初動調査を終えたデータロガーが戻ってきた。女は、それを手のひらに乗せると、また何かつぶやいた。空間上に、半透明なスクリーンのようなものが現れ、幾つかの光点がプロットされる。光点の脇には、記号だか文字だかよく分からないものが浮かび上がる。
「ほう……これは……」
影は、しばらく考えた後、口許に不適な笑みを浮かべた。
「やはり、この施設にもっとも反応が集中しているな。腰を据えて調査する必要がありそうだ。まずは……、いや、そうだな、クロックアップしたアレもあることだし、少しつついてみるか」
またなにやら取り出すと、呪文のような言葉を唱え、地に放った。それは、先ほどのデータロガーと酷似していた。しかし、どうも挙動が異なるようだ。しばらく低い唸っていたが、一瞬高く、ブィン!と共振音を響かせ、今度は体育館の内部へと消えていった。
「ふふっ……初めてのデータワーム、楽しみだわ……」
タイムアップを告げるホイッスルが鳴った。途中、陽子の3Pシュートが封じられてペースこそ落ちたものの、彼女の働きに刺激されたチームメイト達により多くの追加点を得て、結局はダブルスコアに近い点差で勝利したのだ。
体育館のギャラリーが更に増えた。まずは男子決勝戦、ついで女子決勝戦を行う、とのアナウンスが流れる。とこは、人の波をかき分けていくと、声をかけた。
「陽子さん!」
彼女はゆったりと振り返ると、いつものようににっこりと徴笑えんだ。
「あらー、とこちゃん。どーしたのですかぁ?」
(あは、やっぱりいつもの陽子さんだ)
試合を終え、いつもの眼鏡姿に戻った彼女を見て、少し安心したような気がした。
「応援に来たの。陽子さん、バスケ得意だったなんて知らなかった」
「あら……ちよっと大人げなかったかしら?能力(ちから)を使うなんて」
「?」
陽子は時々よく分からない事を言う。
「ところで、そちらの皆さんは?」
「あ、えーと……」
「あたし、とこちゃんと同じクラスで、香奈っていいまーす!」
「えと、同じく智恵です」
「愛と申します。よろしくお願いいたします」
「あらー。とこちゃんがいつもお世話になってますー」
「……あの……、お姉さま、って呼んでもいいですか?」
「は?」
「ちょっとちょっと香奈ちゃん、何言ってんの?」
「え?あ、あはははは……ちょっとした挨拶よ、あ・い・さ・つ」
などと、とこにはちょいむつかしめ(?)の会話がかわされたりした、そのとき。
(がたんっっ……)
その場にいた何人かは、物音がした方向だ見て、息を呑んだ。人型をした、しかし人間でないものが、そこに現われたのだ。
辺りは数秒でパニックに陥いった。学生の悪ふざけだとでも考えたか、一人の教師が不用意に近づいて弾き飛ばされると、パニックは館内全体に拡がった。
そいつは一見無軌道に暴れているようだったが、そうではないことに気付いた者が二人いた。彼女達は、そいつの狙いが自分達であると強く感じていた。……いや、正確に言えば、とこはそう思っていなかった。
(初めて見る夕イプだけど、コイツってば、魔法の匂いを知ってるんだ。きっと、わたしがBSD縁の者だってこと、知ってるんだ。でもどうしよう?みんなの前じゃうかつな事はできないわ。……とにかくコイツの狙いはわたしだけなんだから……!)
彼女は、とたたっ、と小走りすると、ほとんど体当たりする勢いで、体育館のドアを開け、外へ転がり出る。こうして注意を自分の方に引きけておけば……。
「だ、大丈夫ですか?」
「ほえ?」
予期せず声をかけられ、間の抜けた応答を返してしまう。とこに同じく、陽子も転がり出てきたのだ。立ち上がって砂埃を払ってこう言い放つ。
「まったくもう、なんですの?アレ?せっかくとこちゃんとお話してましたのに!」
とこは苦笑する。陽子にかかっては、データワームも形無しである。そこヘ、当のデー夕ワームがゆらり、と姿を現した。計算通り。これで反対側の扉から、みんな脱出できるだろう。
(後はコイツをなんとかするだけね。陽子さんもこっちに来ちゃうとは思わなかったけど……、ここで待っててもらって、わたしがコイツを誘動してけばいいのよね。魔法の匂いに反応するようプログラムされているはずだし)
と、その時、陽子の声がした。
「や〜ん、私に構わないで下さい〜」
声のした方を見て、とこはカクッ、とコケそうになった。なんとデータワームが陽子を追いかけている。しかもその様は、まるで女子中学生をつけまわすナンパ小僧を思わせる。どうにも動作に緊張感がないのだ。
「あ、あの、陽子さん?」
だが考えてみれば、おかしな話である。データワームは、魔法の匂いを追うのではなかったのか?陽子の小柄な体からは、そんなものなどまったく感じられないというのに。それに、とこに対する時のように、襲い掛かったり、捕獲しようとするわけでもない。何だか惑っているよう。
とこが、どうしようか躊躇していると、陽子がこう叫んだ。
「早く……早く逃げて下さい……私ならまだ丈丈夫ですから〜!早く助けを呼んできて下さい〜!」
一瞬考える。陽子のこの身体能力と、敵の挙動からも、確かにそう思える。即座に実行へ移した。
「は、はいっっ……って、や、やぁ〜〜ん!」
とこは、いかにもパニック寸前といった風に駆け出した。陽子相手と言えど、秘密を知られるわけにはいかない。
しかし、装ったその表情も、校舎の陰に入った瞬間に変わる。
「でもちゃん、いる!?」
彼女が呼んで数秒後、でもがフイっと現れ、とこと並行して滑空し始めた。
「ほれ、これやろ?持ってきたったで!」
そう言うと、抱えてきたモノをひょいと見せた。彼より一まわり小さいくらいのマシン、モバイルギアだ。
「ありがと!」
勢いよく廊下を駆け抜けるとこに、戦闘機の空中補給よろしく、モバイルギアが渡される。即座にシステムを起し、変身シーケンスに合わせたフィールド発生スクリプトを準備する。
「いくよ!」
「おう!」
階段を上り、だぁぁんっ!とドアを開けて屋上に出た。
「make all!」
モバイルギアのエンターキーを叩く。ディスプレイから幾条かの光が放たれ始め、あたかも風が吹き出しているかのように髪がなびく。光は強さを増し、すぐに視界を白く埋めつくす。
発光フィールドの内部にいるとこを、フィールド外で周回している視点が捉える。その後ろ姿へ急接近、すれ違うと同時に天地は逆転し、振り返った視野へ逆さになったシルエットが映し出される。辺りはすでに暗転し、その輪郭だけが、日蝕のように、うっすらと輝いている。指先をピンと揃え、左腕を天上へと差し出すと、虹色の粒子が、時計の砂のように細く連なって降り注ぎ始める。
衣服の分子構造が変っていく。粒子に覆われた瞬間、キラリと輝いたかと思うと、虹色のジャケットが現れる。次いで、ジャケットのリボンとなり、水晶の飾りとなり、それからBSDのエンブレムを描き出す。最後に、右手を前へそっと出すと、掌の上へ粒子が集まり、一つの光球を成し始める。虹色のそれは、粒子数の増大と共に徐々に収縮し、色温度を上げていく。そうして遂に、爆発的な白い輝きを放つ。直後、球体は長く伸び、形を成す。
ホーリー・トライデント。
青白きエーテルに包まれて現れ、BSD王家の血筋だけが使いこなせるという。とこは、瞳を開き、手のひらを反し、上からガシッと掴み取る。
半拍後、端々に残っている虹色の粒子が、朝露のように光り、四散する。まるでギターのようにホーリー・トライデントを構え、見栄を切る。
「マジカルとこ、BSDより遣わされ、ここに降臨!」
でもがジト目になりつつツッコミを入れた。
「ここは敵もギャラリーもおらへんで〜〜」
「えー、いいじゃないのぉ〜〜」
「いや、そやからな、敵はここやのうて、このすぐ下や」
「あ、そっか」
「そーそ。早よ助けにいかんと……なっ!」
でもが、体重を乗せてとこにどんっ、と当った。バランスを崩して、とこはふらついた。
「ちょ、ちょっと、わ、わうぅ」
余り高くない屋上のフェンスの向うに、重心が移ってしまう。それでも、2〜3秒、なんとか留まろうと空を引っかいたが、ついに自由落下を始めた。
「ひやぁ〜〜〜〜!」
一方、体育館にほど近い校舎裏では、まだ、陽子がデータワームから逃げ回っていた。
(もうそろそろいいでしょうか?)
そうつぶやくと、陽子は逃げるのを止め、データワームと対峙する。敵も足を止め、身横える。高まり始めた緊張の糸に触れねよう、注意を払いながら、彼女は眼鏡のフレームに右手を掛けた。その時。
「うわあ〜〜〜!!」
すたっ。空から降ってきたその人物は、危なっかしい叫び声を上げていた割に、きれいな着地を決めてみせた。陽子の表情から、緊張が消えた。
「あの〜〜、どちら様でしょうか?」
「え……えーと、んーと、マジカルとこっていいます。こんにちは。あ、初めまして、ですね。えへへ」
「まあ、初めまして。よろしくお願いしますわ。……もしかして、正義の味方さん、なのかしら?」
「ええっ?いや、まあ、その……正義の味方かどうかはともかく、とりあえずアナタの味方ですっ!」
「はぁ……」
陽子は曖昧な返事をした。もっとも、彼女でなくとも、イキナリ空から落ちてきた少女にこんなことを言われれば、そう言うのが精一杯だろう。
(ヒュゥッ……ブンッ)
無視されると、やはり人型なだけに怒ったりするものなのだろうか。データワームが駄々をこねるように腕を振り回す。二人はそれをひょいとかわす。
「ここはわたしに任せて、早く逃げて!」
と、とこが言う。
「でも……」
「あなたと一緒にいた子が待ってます。さあ!」
その一言で陽子の態度が決った。
「分かりました。お願いします。でも、無理はしないで」
「はいっ」
返事を待たずに、陽子は駆け出した。後ろ姿を見送りながら、
「ごめんなさい、陽子さん」
とつぶやくと、とこはデータワームに向き直った。
視点は、陽子を追って、校舎裏へと入っていく。愛用の眼鏡を右手でそっと外す陽子。そして、小さなシルエットから発せられる、小さな、しかし確かな意思の証。
「make all...!」
その呟きは大気を震わせる波となる。差し出し広げた左手の中指にはJavaリングが輝く。そのまま胸元にそっとあてがうと、光がゆらりと広がり始め、球状のフィールドを形成していく。どこからともなく花びらが舞い始める。近くに漂ってきた数枚が、光球に触れる。と、二重露光でもしたかのように、何の相互作用もなく、フィールド内の空間と重なり合い、そのままついっと滑って光球を出ていく。
それは、如何なるIPパケットも干渉不能という、IP透過空間。Data Link空間からでさえ、2hop以上離れると認識できなくなるという。もう、誰も彼女を止められないのだ。
三つ編みにしていた髪がくるくると解けていく。それを光の粒が追い、ツヤやかに輝きだす。衣服が次々に四散したかと思うと、新たに蒸着する。靴がブーツに。制服が艶やかなワンピースに。つま先、指先、プリーツの先。彼女の四肢がすうっと伸びるのに合わせ、キラリと輝く。
眼鏡を持っていたはずの右手の中。ぼうっ、と柔らかな暖色を発し、すぐにそれは細長く伸びる。次の瞬間には、何かステッキ……あるいは槍のようなものが握られている。リボンがすうっと近づいてくると、フィルムの逆回しのようにするするとまとわりつき、あっという間に髪を一つにまとめてしまう。編んでいた名残のウェーブが、まだ毛先に残っている。
光が収束し、最後に残った焦点に、戦士が一人、そっと降り立った。
「こんなに早く、封印を解くときが来るとはね」
一人つぶやいてみせる。それから、槍に付いた飾りを額にあて、少しうつむく。
「私に力を……またお願いね、サンスピア」
祈るように瞳を軽く閉じ、そんな言葉を掛けた。眼鏡の形をとって彼女の能力を封印していたのは、BSDの地に生まれ、後にSYSV公国に伝えられた、伝説の槍。陽のエーテルを纏い、あらゆる魔道を極めたものだけが使いこなせるという。
ややあって後、低い、落ち着いた声がした。
「お久しぶりですね、ソラリス様」
顔を上げ、肩越しに振り返ると、そこには小さな褐色の精霊が宙に浮いていた。恐ろしげでいてどこか愛敬のある彼は、とこのナビゲータ、でもちゃんと同じ種族のようだ。
「ダイモ。やっぱりあなたには分かってしまうのね」
「お嬢様の波動は、地の果てまでも届きますからね。それに、一人で抱え込む性分も、余りお変りないようですし」
「またお小言?まあいいわ。確かにこの地上界、あなたなしで戦い抜くには、少々やっかいなようだし」
「私が言いたいのは、そういうことではないのですが」
「え?とにかく、急ぐわよ」
他の誰にも覗かれなかったことを確認するように、あたりを見回し、それから彼女は駆け出した。精霊ダイモも続く。
「やれやれ。後でゆっくりと諭させていただきますよ」
その顔は、嬉しいような、困ったような、複雑なものだった。
戦いはまだ続いていた。データワームが腕を振り降す。それをホーリートライデントで受け取めるとこ。いや、実際には受け切ることができず、後方へ弾き飛ばされてしまう。
「なんだか、いつものやつとパワーが違うっ」
立ち上がろうとした小柄な少女へ、そいつは覆いかぶさるように襲いかかり、彼女の首を片手でつかんだ。
「くぅっ、ダメ……このままじゃ……」
もはや意識も遠のき始めたとこは、まだ家族になって間もない父母と兄のことを、それからフリーユ界にいる実の父母のことを思い出していた。そしてさらに気が遠くなる頃には、もう皆の姿は溶けて一つとなり、故郷の暖かな陽の光になっていた。そう、陽の光に。
(なんだか暖かくて気持ちいいな……)
丘のむこうには、太陽が見えている。でもなんだか、だんだん日射が強くなってきているような。
(……!?)
とこは、目の前の空気が熱いのを感じて、意識を取り戻した。そして、最初に見た光景を理解するのに、たっぷり数秒を要した。
さっきまで自分を手にかけようとしていた敵が、今は数歩離れた所で、オレンジ色のフィールドに包み込まれている。なにより、自分のすぐ隣にいる女の人は誰なんだろう?このひとが助けてくれたんだろうか?魔法の匂いを、とても強くこのひとから感じる。
「クロックアップされた個体は、熱に弱いのよ。覚えておきなさい」
「まったくそうでございますな。ささ、今のうちに」
「え……?」
いきなり話しかけられて面食らう。それに、でもちゃんそっくりの精霊が執事口調でしゃべり出したことにも。
「何をしているの!マジカルとこ!早く決着をつけなさい」
「は、はいっ」
構えをとり、手早く呼吸を整え、高速呪文を詠唱する。即座に魔法の力がアセンブルされ、掌で実体化を始める。一瞬後には、ビー玉ほどの光体になっていた。
「チェックアウト!」
フリーユの力を込められた光体が弾き出され、データワームを貫く。その穴から、空間が揺らいでいく。データワームの存在するプロセス空間が、解放されていくのだ。最後に祈りの言葉をかける。
「さあ、元のファイルにお戻り。おやすみなさい」
とこが言い終るのを待っていたかのように、微かに残っていたデータの断片もかき消え、ただそこには
<defunct>
という文字列が、うっすらと浮かびあがるだけだった。
その直後、校舎の陰から様子をうかがっていた妖しい雰囲気の女が、目の前へぼうっ、と現われた紙片状のものをつかみ、静かに立ち去った。誰にも気付かれないまま。
先にロを開いたのは、とこだった。
「あの……あなたは?」
「私は、太陽の戦士。私の名は、ソラリス」
とこは、その名を聞いてから次の言葉を発するまでの数秒間、夢みるような瞳で彼女を見つめた。まるで長い間憧れていたひとに出会ったかのように。
「えっと、その、ありがとう、ソラリスさん」
しかし、ソラリスは黙って目を伏せている。とこは、返事があるかとしばらく待っていたが、再び言葉を続けた。
「あ……ごめんなさい、わたし、とこっていいます。自分でもよく分からないんですけど、さっきみたいなのに敵だと思われてて、でちょっと訳あってわたしにはこんな能力(ちから)があって、それでなんかちょくちょく戦いになったりして……。でもその、助けていただいてありがとうございます!こんなステキな方が味方だなんて、嬉しいです。ソラリスさんって、わたしと同じような能力を……」
そこまで立て続けにしゃべったとき。冷静なトーンで、言葉の続きが遮られた。
「……甘いわね。私、あなたの味方とは限らないのよ」
少しびっくりしたような表情のとこ。
「でも、助けてくれましたよね?」
「信じることが大事、とでも言いたの?あなたに、それを貫ける強さがあって?」
「そんな……そんなこと言われても……よく……分かりません」
一体、初めて出会ったばかりのひとが、自分に何を伝えようとしているのか。そして、初めて出会ったばかりのひとに、自分は何を言おうとしているのか。とこは、言葉を続けていいのかどうか迷ったが、自分自身の気持を確かめるように、もう一度顔を上げた。
「でも、わたし、思うんです。わたしがソラリスさんを信じてしまうのは、ソラリスさんがわたしを助けてくれたのと、たぶん、同じです。とっさのことだもの。考えなしでそうしちゃうことって、あると思うんです。良いのか悪いかは分かんないけど、そういう自分が嫌いじゃないんです」
ソラリスは、一度、とこを見つめるのを止めて、空を見渡し、それから向き直って言った。
「そう……そうなの……」
視線が、とこを柔らかく突き抜ける。
「この先、あなたには数多の試練が待ち受けているはずよ。覚悟を決めなさい。いいわね」
「えっ?」
「大丈夫よ。あなたは、きっと強くなる。私にないものを持っているもの」
「なんですか、それって?」
「ふふふっ。何かしらね。……さ、今日はこれで失礼するわ。また会いましょ」
「あ、待って、わたしまだ……」
茜色の雲の間から射す夕陽の中、彼女はふぃと身を翻して姿を消した。とこはしばらく夕焼けを見つめていたが、ふとこんな言葉を漏らした。
「ソラリスさん……わたしまだ、あなたのこと何にも知りません。それになにより、BSDのことも、この世界のことも分かっていません。あなたは、なにかきっとわたしの知らないことを知ってるんですね。いつか……いつかきっと、わたしにもそれを教えてください……」
後書き
とりあえず、 陽子/ソラリスのキャラをちゃんとタテるために、 まずは一話分のストーリーを、 というのが当初の目標でした。 んで一応一話分になったかな、 ということでC56にコピー本として出しました。 でも、 持ってる人は忘れてください。 理由は……右開きのアレです……。 いや、 人生いろいろや。 よっしゃあ!
個人的には、 二人の変身シーンが書けたことで、 満足しています。 視点がうんぬん、 という記述をしてしまっていますが、 それほど私にしてはハッキリした視覚イメージ先行で書いた部分でもあります。 たぶんマンガとかアニメとかつくる人は、 もっとハッキリしたイメージを描くものなんでしょうけど。 誰か変身シーンだけでもマンガ化/アニメ化してくんないかなあ。
その他の部分にはまあちょっとなあ、 というのもありますが、 いくらいじっても良くならないというか、 全体のバランスが悪くなるというか、 あちこちで話が矛盾してしまうというか。 とりあえず最後の対話シーンとか、 まっったくなにが言いたいのか分かりません。 て感じで。 これは、 他のストーリーで補完されるといいですね。 いや、 シルエットだけの出居日 杏センセ(ネーミング手法が北倉先生……)とか、 ちゃんと出番作って上げてください。 て人任せかい、 おい。